子どもの矯正歯科治療、始める前に”ココ”をチェック!
■転医の相談者の半数以上が”不適切な治療”に該当
歯並びと咬み合わせの改善を目的に行われる矯正歯科治療。よく咬める安定した咬合をつくることは歯の健康長寿にも貢献します。近年こうした認識が高まり、矯正歯科治療はかつてより一般的なものになってきました。
そんな中、矯正歯科専門開業医の団体である公益社団法人 日本臨床矯正歯科医会(以下、矯正歯科医会)が気になる調査結果を発表しました。
それは会員診療所を対象に、2014年の一年間に転医(治療の途中で治療先を変わること)の相談があった18歳までの子ども517人の治療実態を調べたところ、半数以上の288人(56%)が、検査・診断・治療技術・診療態勢が不十分な「不適切な矯正歯科治療」を受けていたという事実です。また、そのうちの約72%が「治療内容そのもの」に不満やトラブルを抱えていることも明らかになりました。
具体的な治療方法の主なトラブル例
●矯正装置をつけられた後、「必要だったから装置をつけた」と事後報告で100万円請求された
●一般歯科で矯正歯科治療をやっていたが、全然よくならない
●12~18歳まで一般歯科に通院し、歯並びの治療は終わったが、咬み合わせの治療は別の診療所に行くようにいわれた
●説明がないまま、治療が進んでいる
歯並びや咬み合わせを整えるための治療で、いったいなぜ、そんなことが起きるのでしょうか。また、”不適切な治療”とは、どういうものなのでしょう?
★次のページでは、”不適切な治療”の実態についてご紹介!
子どもの矯正歯科治療、始める前に”ココ”をチェック!
■精密検査もせずに装置を装着するのは「あり得ない」こと
“不適切な矯正歯科治療”の現状について、矯正歯科医会の会長である富永雪穂先生は、こう話します。
「”不適切な治療”として目につくのが、矯正歯科治療に入る前に必ず行うべき精密検査と、それにもとづく診断・説明が患者さんに対してきちんと行われないまま、安易に治療を開始しているケースです」
要は、踏むべきプロセスを踏まずに治療に入ることで、顔だちや歯列のアンバランスを招いたり、上下の歯がきちんと咬み合わないというトラブルにつながるというわけです。
それだけでなく、矯正歯科が専門ではない歯科医が経験不足のまま治療するケースが多いこと、非常勤歯科医が担当するなど診療態勢が整っていない環境での治療も原因となっているのだとか。その背景には、一般歯科の過当競争の激化や、「抜歯しなくても歯を矯正できる」といった安易な矯正歯科治療法の喧伝(けんでん)、そして「できれば歯を抜きたくない」という患者心理への迎合があると、富永先生は分析します。
「矯正歯科治療は専門性の高い分野で、矯正歯科治療だけを行う専門家は患者さん一人一人の上下の歯のバランスや歯並び、咬み合わせの状態を診て適した治療を行いますが、綿密な検査や診断を行うことなく安易に治療してしまうと、後で大きな問題を招くことがあります」
治療を始める際には、患者自身が正しい知識を持って矯正歯科医選びをすることが大切なのです。
■「あごは広げられる」の誤解を知っておこう
また、同会の前学術理事、稲毛滋自先生もこう話します。
「よく『床(しょう)矯正という装置をつけてあごを広げれば、歯を抜かなくても矯正歯科治療ができる』など安易にいわれることがありますが、このような医学的根拠を欠いた説明にも大きな問題があると思います」
床矯正装置とは、口の中につけるプラスチック製の床部分(レジン床)と、表側の歯を抑える金属線でつくられた入れ歯のような形をした装置のこと。レジン床にバネやネジを埋め込むことで歯を動かすこの装置にはいろいろな種類がありますが、主に歯列を横に広げる目的で使われます。
「成長期のお子さんの場合、上あごは床矯正の装置をつけることで歯列はある程度広げることはできても、あごそのものは広がりません」
このことはすでに国内外の研究者が論文で報告しているのだといいます。
「上の歯列を広げるには急速拡大装置という固定式の装置を用いる必要があります。また下あごは骨の構造的に拡大できません。つまり、下あごを広げようとしてもあご自体は広がらず、単に下の歯列を扇のように傾斜させてしまうことになるのです。成長が止まった成人の患者さんならもちろん、上あごも広がりません」
それが現実であるにもかかわらず、”床矯正装置による非抜歯治療”をうたっている歯科診療所があること自体が問題だといえそうです。
「床矯正装置そのものに問題があるのではなく、何でもかんでも床矯正装置で治ると言うことに違和感を覚えるのが正直なところですね」
無理に歯列を拡大することで、歯根(歯の根っこ)が歯槽骨(歯を支える骨)からはみ出してしまったり、咬み合わせが不安定になったり……。特に、乳歯と永久歯が混在する混合歯列期は、あごの成長を見ながら歯を動かすことが求められます。これには高度な臨床的判断が必要とされるため、矯正歯科治療を専門に行う歯科医のもとでの治療が基本といえるのです。
■非抜歯にこだわるよりも、もっと大切なことがある
ここで紹介するA子さん(30歳)も、歯列拡大による非抜歯治療を続けることで歯にダメージを受けた一人。稲毛先生いわく、
「この方の場合、歯を抜かずに矯正歯科治療ができると主張する歯科医のもとで歯列の拡大を続けた結果、下あごの2本の歯の根っこが歯を支える骨から出てしまい、さらにそこから膿も出てきてしまいました。ご本人が『これはおかしい』と思い、大学病院を訪ねたときには、すでに歯髄(歯の神経)が死んでしまっており、残念ながら抜歯せざるを得ない状態だったのです」
結局、A子さんは歯髄が死んだ2本の歯を含め4本抜歯して咬み合わせを整えることで、バランスのとれた状態を獲得したのだとか。
そんな事態を招く背景には、抜歯についての誤解があると稲毛先生は話します。
「日本における一般的な歯科治療では、できるだけ歯を残すのがよい治療の条件とされているため、矯正歯科治療でも『歯を抜かないことがよい治療』だと考えがちですが、実はそうではなく、長期的安定の観点からみて、永久歯の抜歯が必要な症例は実はたくさんあります。あごが細くなっている現代の日本人は、特にその傾向が強いといえますね」
たとえるなら、8人掛けのベンチに10人座ろうとすると一人一人が窮屈で不安定な座り方になるように、あごのスペースに安定した形で歯を収めるためには、抜歯が必要となる場合もあるということ。つまり、必要な抜歯を行うことで、残った歯を長持ちする状態に保つことが”歯をできるだけ残す”ことにつながるわけです。
では、矯正歯科を専門に行う診療所では、治療の前にどのような検査をするのでしょう?
★次のページでは、矯正歯科で行う検査についてご紹介!
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■検査と分析を経て、治療計画を立てる矯正歯科医
矯正歯科では、綿密な検査や診断を経てから治療に入るのが定石。それをフローであらわすと、こんなふうになります。
「矯正歯科治療を専門に行う歯科医は、顎骨の成長発育を熟知した上で治療前に問診、精密検査や臨床検査を行い、その上で治療計画を立て、それを患者さんにわかりやすくご説明し、患者さん納得のもとに治療に入ります。つまり、最初から使う装置が決まっているのではなく、診断結果と治療計画から、もっとも効果的な装置が選ばれるのです」と稲毛先生。
■一つ一つの検査には意味がある
具体的には、次のような検査があります。それぞれの検査がどのような目的で行われるのかも知っておきましょう。
●初診時の顔・口の中の写真撮影
まずは、顔の写真(正面と横顔)と口の中の写真を撮影。歯の治療なのに顔の写真が必要なのは、笑ったときの歯の見え方や歯並びの中心位置(正中線)の位置など、バランスのとれた歯並びと咬み合わせをつくるために必要な情報が、顔の写真からたくさん読みとれるため。また、口の中の写真からは咬み合わせの状態などがチェックされる。
●石こう模型の製作・診査
印象材という餅状のものを口の中に入れて歯の跡を写し、そこに石こうを注いで歯の型を作製。同時に上下の咬み合わせのデータをとることで、咬み合わせの記録が3次元の模型として出来上がる。この石こう模型をもとに歯ぐきの幅、長さ、歯を並べるあごの大きさやスペースの過不足を測り、咬み合わせのバランスや前歯の出方および重なりの程度、奥歯の位置などを診査する。
●パノラマX線写真の撮影
個々の歯の状態を把握するために、1枚で口の中全体を写すことができるパノラマX線写真を撮影。この写真からは、むし歯の有無や親知らずの状態など、個々の歯の健康状態がわかるほか、あごの骨や関節に異常がないかも確認できる。また、混合歯列期にパノラマX線写真を撮影することで、生えてこない永久歯(先天性欠如)の有無についても判明する。
●頭部X線規格写真(セファログラム)の撮影
頭部X線規格写真(セファログラム)とは、顔の骨格を調べるために撮影する一般の歯科診療所にはない矯正歯科用の特別なレントゲン写真のこと。これは矯正歯科治療を始める際になくてはならない資料で、特に成長期の子どもの場合、成長状態の把握や成長予測に役立つ。また、成長期の子どもでは半年後や1年後など期間を空けて2回撮影することで、成長の方向と量も確認できる。
こうした検査にかかる総時間は通常30分程度。検査後は日を改めて、検査結果をもとに担当医から治療計画の説明を受けることに。その説明に納得したうえで、矯正歯科治療が始まるのです。
★次のページでは、受診前に知っておきたい〈6つの指針〉についてご紹介!
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■検査、診断、説明がきちんと行われているかどうかをチェックしよう
ここまで書いてきたように、適切な矯正歯科治療を受けるためには、患者自身がしっかりとした知識をもつことがまず大切。そこで矯正歯科医会が提言する、信頼できる矯正歯科を見極めるための”受診時の目安”を紹介しましょう。この6つの指針は子どもだけでなく、大人の矯正歯科治療にもあてはまります。
1.頭部X線規格写真(セファログラム)検査をしているか?
前ページに書いたように、セファログラムは、上下のあごの大きさやそのズレ、あごや唇の形態、前歯の傾斜、口もとのバランスなどの状態を正確に知るために不可欠な資料。一般歯科診療所では機器そのものがないところが圧倒的ですが、大学病院や矯正歯科治療を専門に行う診療所では、必ずセファログラムの撮影と診断が行われます。
2.精密検査を実施し、それを分析診断した上で治療をしているか?
精密検査は治療計画を立てる上で必須。一般歯科診療所の精密検査がパノラマX線撮影や口腔内検査程度であるのに対し、矯正歯科では前ページで紹介したような複数の検査をもとに治療が行われます。
3.治療計画、治療費用について詳細に説明をしているか?
矯正歯科では検査結果を詳細に分析した上で診断を行い、治療計画が立案されます。そして、わかりやすい治療のゴールやそのプロセス提示のもと、矯正歯科医から治療のメリット・デメリット、抜歯・非抜歯についての説明を受けることに。治療費についても同様で、治療費や調節料、支払い方法(一括・分割)、装置が壊れたときの対応、転医あるいは中止する場合の清算についてもくわしく説明がなされます。
4.治療中の転医、その際の治療費清算まで説明をしているか?
治療途中に転居などによって通院先が変わる可能性もあり得ます。そんな場合に備えて、治療費の清算および返金についての取り決め目安や、転居先近くの矯正歯科専門開業医の紹介についての説明をあらかじめしてくれるところだと安心です。
5.常勤の矯正歯科医がいるか?
矯正歯科医が非常勤だと、突発的なトラブルに対応してもらいにくいもの。常勤の矯正歯科医がいることは、次のようなメリットにつながります。
●治療において画像診断ができる撮影機器などの環境・設備が整っている
●矯正装置が壊れてしまったなど器具に不具合があっても、すぐに対応できる
●同じ担当医による一貫治療が行える
6.専門知識がある歯科衛生士、スタッフがいるか?
歯磨き指導ひとつとっても、一般の歯科治療とは違うため、矯正歯科への豊富な経験と知識があるスタッフがいることは、次のようなメリットにつながります。
●矯正歯科医の指導監督のもとに、患者さんへのさまざまな対応が可能となる
●治療中の口腔衛生指導が行える
●治療中の食事指導が行える
いかがでしたか? 今、矯正歯科治療を考えている人は、ぜひこの6つの指針を念頭に、信頼できる矯正歯科診療所を選んでください。 ここに挙げた6つのほかに、矯正歯科治療の専門知識と診療技術の資格試験をパスして認定された「日本矯正歯科学会認定医」(約2,500名)がいる診療所は信頼性が高いといえます。認定医については、以下のホームページから検索できます。
http://www.jos.gr.jp/roster/