矯正歯科治療のトラブル、その原因は?
■拡大床による安易な治療なトラブルの要因
かつてよりポピュラーになってきた矯正歯科治療。しかし、その一方で、近年治療によるトラブルが目立つようになってきたといわれています。「長期間治療しても、いっこうによくならない」、「治療後、元の状態よりひどい歯並びになった」……etc.
咬み合わせを整える目的で始めた矯正歯科治療で、いったいなぜ、そんなことが起こるのでしょうか? 矯正歯科専門開業医の団体である公益社団法人 日本臨床矯正歯科医会(以下、矯正歯科医会)では、トラブルの原因は矯正歯科のトレーニングを積んでいない歯科医師による“安易な「拡大床(かくだいしょう)」の使用”にあると警鐘を鳴らしています。
ちなみに、拡大床とは薄い入れ歯のような装置に、拡大ネジ(スクリュー)を埋め込み、そのネジを回すことで歯列を広げる、矯正歯科治療に用いる拡大装置のこと。
「拡大装置には、自分では取りはずしができるものや拡大ネジを使うもの、ワイヤーの力で拡大するものなど、様々なタイプがあります。拡大装置のひとつである拡大床とは、あごを広げるものではなく、歯を外側に傾斜させて歯を拡大させるために使うものです。そのため適応症は限定され、どのような患者さんにも使える万能の装置では決してありません」と話すのは、矯正歯科医会 前広報理事の三村 博先生。
さまざまな拡大床
写真提供/(株)アソインターナショナル
にもかかわらず、「あごを広げるから歯を抜かずに治療できる」、「取りはずしができて人目につかない」、「簡単に治る」、「治療費が安い」……といった謳い文句で歯科医からすすめられ使用した結果、歯並びが改善しないばかりか「かえって症状が悪化した」、「装置をはずしたら元に戻った」というトラブルが続発しているのです。
実際、矯正歯科医会が400人の会員に対して行ったアンケート(2016年7月7日実施)によると、回答した137人の約8割が「不適切な拡大をされた患者さんを診察した経験を持つ」と回答。しかも、その大半は「拡大床によるもの」だと答えています。
■どこで治療するかに慎重になるべき
矯正歯科医会 前会長の富永雪穂先生は、標準治療から大きく逸脱した不適切な治療の背景には、経験不足のまま矯正歯科治療を行う歯科医の存在があると指摘します。
「本来、矯正歯科治療は患者さん一人一人に合わせたオーダーメイドの治療であり、その方の状態に合った適切な治療を行うためには、矯正歯科治療についての専門教育と研修、経験が不可欠です。しかし、昨今は口腔機能の向上という医療の目的よりも、治療を商業的に捉える診療所があり、わずか1日の矯正歯科セミナーで矯正歯科治療を学び、適切な検査や診断なしに既成の装置(咬合誘導装置)を使って、簡単に治療を行ってしまうケースがあるのです。このことを、我々は非常に憂慮しています」
上記に加えて、歯科医の免許があれば、たとえ専門教育や研修を受けていなくても矯正歯科の看板を掲げることができるという日本の制度的な問題も、理由のひとつだといえるでしょう。
こうした状況下で安心して治療を受けるためにはいったいどうすればいいのでしょうか?富永先生は、“どこで治療するか”に慎重になることがまず大切だと話します。
「日本中で歯科医師は約10万人います。その中で、矯正歯科治療に知見のある歯科医師は日本矯正歯科学会の会員として約6600人。なかでも、きちんとした標準治療を行える矯正歯科医は、学会の認定医である約3100人だといえます」
適切な矯正歯科治療が行える専門性の高い歯科医師は、なんと全歯科医師の約3%のみ! 歯科医ではあっても、そのキャリアも技術も千差万別。それを踏まえ、治療先は矯正歯科学会認定医の資格を持つ矯正歯科医を目安に据えるのがおすすめです。
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