日本臨床矯正歯科医会 平成 29 年度通常総会・6 月例会レポート
公益社団法人 日本臨床矯正歯科医会(富永雪穂会長)(以下、本会と略す)は、平成29年度通常総会・6月例会を、去る6月7日(水)、8日(木)、メルパルク大阪にて開催いたしました。
本会では、矯正歯科を取り巻く環境が急速に変化している社会状況に対応し、国民が安心して矯正歯科医療を受けられるように、矯正歯科医療に関わる各種の情報発信を継続的に行うとともに、矯正歯科専門開業医療機関の質の向上と治療の安心・安全を目指しています。
本例会でも総会、各委員会プログラムをはじめ、症例展示、会員発表、スタッフプログラムなどが行われました。
【日本矯正歯科学会からのお知らせ】
「転医に際しての返金指針と臨床・疫学研究倫理審査について」
中村 芳樹先生(公益社団法人日本矯正歯科学会倫理・裁定委員会委員長)
近年、矯正歯科治療の料金トラブルが増え、厚労省や消費者庁はその対応に苦慮しています。
日本矯正歯科学会は患者に安心して安全な矯正歯科治療を提供することを目的とし、倫理規程の改定を行い、『治療費返金の指針』を策定し、その旨をホームページに公開しています。
これに違反し倫理規程違反と判断された場合は、日本矯正歯科学会倫理審査・懲戒規則が適用されると指摘されました。
次に、臨床・疫学研究倫理審査の内容について示されました。
人を対象として研究をする際には、研究倫理審査委員会の承認を得ることが前提になりますが、開業医にとって研究倫理審査の承認を得ることが困難な場合があります。
そこで日本矯正歯科学会の会員支援を目的として『臨床・疫学研究倫理審査委員会』を発足させ、会員の要請に応えられる体制を整えたと説明されました。
「矯正歯科医療と特定商取引法の現段階」
村 千鶴子先生(東京経済大学現代法学部教授、弁護士)
2016年6月3日に公布された改正特定商取引法では、『特定継続的役務提供取引』の規制対象に『美容医療』が追加されることになりました。
2015年の消費者委員会特定商取引法専門調査会の議論で『美容医療』の範囲として、『審美歯科』に含まれるホワイトニングと共に『歯列矯正』が指摘されました。
『歯列矯正』について、今回は、『美容医療』に含まれないことになりましたが、業界全体で問題解決の為の自浄作用ができない場合は今後、規制対象とされる可能性があります。
今回の講演では、美容医療の状況や範囲を解説され、特定商取引法の規制の概要、中途解約のルールの説明がありました。
またこれまでも消費者の中途解約、料金の清算については、消費者契約法による規制があり、説明いただきました。
最後に、1. 返金・中途解約の契約条項の適正化、2.誇大広告の是正、3. 契約の際のきちんとした説明及び熟慮期間の保障を業界全体で取り組むことが大切であることを指摘されました。
【広報委員会プログラム】
広報委員会プログラム 1
「二人でできる地域密着型市民セミナー」
高橋 知江子会員、矢野 収一会員(九州支部)
人口13万人足らずという地方都市で矯正歯科を標榜する一般歯科開業医も多い中、地元の歯科医師会のイベントを通じ、人間関係や利害関係を損なうことなく行ってきた地道な矯正歯科の広報活動を報告していただきました。
地元歯科医師会で毎年開催される『むし歯予防デー・イベント』を活用し、周囲の歯科医師からの反応を一番に配慮しつつ、少しずつ活動内容を拡大し、小さな改善を重ね、最終的にはイベントの中でも存在価値を認められることに至った経緯は大変興味ある広報活動であり、他支部におきましても非常に参考になるご発表となりました。
広報委員会プログラム 2
「平成27年度・28年度の広報活動の総括 ―今季新規事業と従来の事業の視点から」
三村 博会員(広報担当理事)
この2年間の広報事業は、新・東京宣言以来、公益事業の目的を「広く国民の健康増進を図るため、臨床矯正歯科医療に関する普及啓発活動を行い、矯正歯科医療の向上を図り、もって臨床矯正歯科医療の進歩発展に寄与する」と掲げ、公益事業の根幹に広報活動があるものと考え、進められました。
平成27・28年度実施された広報事業として
1. web事業
2. 内部広報としてのニューズレター
3. 矯正歯科啓発事業
を展開し、特にメディアリレーションに事業の重心を置き、本会の活動や本会の主張をいち早く本会HPに掲載することにより、国民に対してより迅速に正しい矯正歯科治療についての本会の立場を発信することに努めました。
【社会医療委員会プログラム】
社会医療委員会プログラム 1
「社会医療委員会活動報告」
土門 明哉会員(社会医療担当理事)
東日本大震災被災者支援事業報告、熊本地震の被災矯正歯科患者へのメッセージを当会ホームページに掲載、小冊子「保険で治せる矯正歯科治療があるってご存知ですか?」の改訂、「診療ステップに関する指針」の策定状況などの事業報告および平成28年度診療報酬改定における改定項目の要点の説明が行われました。
社会医療委員会プログラム 2
「『矯正歯科何でも相談』白書Vol.7 発刊のご報告」
藤山 光治会員(社会医療委員会委員)
平成27年1月より平成28年12月までの相談内容を「矯正歯科何でも相談白書 Vol.7」にまとめ、発刊。Vol.7では190件と前期の2倍以上の相談件数となりました。
これは、NHK朝の情報番組「あさイチ」の報道の影響と考えられます。
2年間の統計データの報告、相談内容の抜粋およびその回答例が紹介されました。
【医療管理委員会プログラム】
「患者説明・労務環境アンケート結果から見た矯正歯科におけるこれからのリスクマネジメント」
小畑 真先生(弁護士法人小畑法律事務所代表弁護士、北海道医療大学客員教授)
近年、患者トラブル、労務トラブルが増加していますが、その原因として、インターネットに溢れる
様々な情報を事前に収集して治療に臨む患者や勤務するスタッフが増加していることに伴い、自己の権利を主張しやすい社会状況にあることが考えられます。
また、歯科医療機関側も、様々なルールの整備を後回しにして、集患・増患、自費率アップといった収入を増加させることに興味が集中しがちであることも大きな要因の一つと考えられます。
医療と同様、具合が悪くなったら(「トラブルになったら」)ではなく、トラブルを「予防」していくという視点は、健全な医院経営や良質な医療を提供するうえでとても重要となります。
今回、歯科医師でもある弁護士の小畑 真先生に、本会会員に対して行った、患者説明及び労務環境アンケート結果をもとに、今後、矯正歯科医がどのような心構えを持っていくべきかなどについてお話しいただきました。
【学術委員会プログラム】
「学術委員会報告」
森本 徳明会員(学術理事)
「症例報告」と「学術発表」の二点について説明がありました。「症例報告」については、その趣旨から具体的な記述形式にわたり、少しでも会員が報告しやすいように説明がありました。
「学術発表」については、大会で発表される際に近年必要とされる「研究倫理審査」と「利益相反(COI)」について説明されました。次回(岡山大会)から必要とされるため、早急な対応が求められることを訴えました。
学術委員会プログラムでは平成28年度通常総会・6月例会と、第44回日本臨床矯正歯科医会千葉大会の症例展示でそれぞれアンコール賞に選ばれた2症例と千葉大会の学術展示で選ばれた1題について、各会員からの発表がありました。以下に発表の要旨を紹介します。
「下顎第二大臼歯萌出障害における矯正歯科治療」
荻原 祐二会員(神奈川支部)
以前から神奈川支部学術委員会では「下顎第二大臼歯の萌出障害」をテーマに報告を行ってきたが、今回はそれに対するアプローチの方法について調査した。
その結果、以下の4パターンに集約された。
① 後方部スペース不足の場合は第三大臼歯抜去、
② 後方部と前方部ともにスペース不足の場合は小臼歯抜去、
③ 後方部と前方部のスペース不足が著しい場合は小臼歯および第三大臼歯抜去を、
④ その他に第二大臼歯抜去であった。この4パターンの代表的な治療例が提示された。
「Gummy smileを伴ったAngleⅡ級2類過蓋咬合症例」
村木 一規会員(東海支部)
28歳9カ月の女性で、Gummy smileを伴うAngleⅡ級2類過蓋咬合症例の矯正歯科治療を行うにあたり、まずAngleⅡ級1類の状態にすることを当初の目標にした。
上顎左右側第一小臼歯を抜去してバイオプログレッシブの治療を開始した。
動的治療期間は2年7カ月で、下顎のロックが解放され、運動制限のない良好な咬合を獲得し、顎関節のクリックも消失した。
動的治療後約3年経過した時点でも良好な状態を維持している。
「第一期からの上顎前突治療」
内田 春生会員(甲信越支部)
初診時年齢8歳1カ月の女児で、鳥貌を伴う上顎前突症例の矯正歯科治療を行うにあたり、まず第一期治療としてフレンケル装置を用いることによりAngle Ⅰ級に近い上下顎前突になった。
第二期治療として上下顎左右側第一小臼歯を抜去して歯科矯正用アンカースクリューを用いた治療を行った。
下顎の旺盛な前方成長により良好なプロファイルと咬合状態が得られた。
会場ではガムを用いて下顎位を安定させる要因について説明された。
【編集委員会プログラム】
「編集委員会報告」
根来 武史会員(編集委員会副委員長)
今期、編集委員会では、通常の雑誌発刊業務に加え、論文作成にかかわる「論文の作成についての指針」、「投稿要領」、「査読の基準」について見直しを行い、それをまとめた資料「投稿の手引き」を新規に作成し、会員へ送付しました。
本会会員が投稿される論文は科学論文なので、その書き方、査読の方法には一定のルールがあると同時に、雑誌の理念に基づき幾分の差異があります。
そこで本雑誌のルールをまとめ、先生方の臨床での成果を十分に報告でき、
また経験による知見を論文としてまとめるための手助けとなればという思いで作成しました。
また、近年、臨床研究を行う上で権利保護のための「同意書」および「著作権」、研究の真正性の確保のための「研究倫理」「利益相反(COI)」に関する知識が
必要となってきており、当然のことながら「研究倫理審査委員会」の設置も早期に行う必要があります。
「投稿の手引き」を片手に、会員が積極的に論文による発表を行っていただければ、本会の雑誌の投稿数と質の向上に寄与し、個人の業績としてだけではなく、本会が学術団体としても十分発言力をもち、益々発展することにつながるものと信じています。
【隣接医学講演】
「病原性の高いプラークと低いプラークを見分ける科学」
天野 敦雄先生(大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座予防歯科学分野教授)
歯周病の原因は、プラークの病原性と歯周組織の抵抗性の均衡崩壊による。そしてプラークには病原性が高いプラークと低いプラークがあり、病原性が高いプラークでは特にP.gingivalis II型が歯周病の悪化に大きな影響を及ぼしていることなど、歯科医師として知っておくべき歯周病とプラークの病原性の基礎知識を、楽しく、そしてとてもわかりやすくご講演をしていただきました。
【スタッフプログラム】
プログラム 1
「歯科医院で働くために知っておきたいこと」
小畑 真先生(弁護士法人小畑法律事務所代表弁護士、北海道医療大学客員教授)
歯科医院で働くためには、患者さんに対してはもちろんのこと、院内での連携や歯科技工士、歯科器材業者など院外の関連業者との連携も必須であるので、スムーズに仕事をしていく上でも、コミュニケーション能力を高めていく必要がある。
「歯科医療」というものは様々な「ルール」を守って行わなければならないことを忘れてはいけない。
少なくとも自分が働く業界のルールを知ることは、スムーズに仕事をする上でも、自分の身を守る上でも、そして、より良い医療を提供する上でも、非常に重要なことである。
このように、歯科医院で働くスタッフが、社会人として医療人としてプロとして、最低限のルールを認識しつつ、自覚を持って働くことは、無用なトラブルを防ぐことに繋がる。
働きやすい環境を創り、患者さんに安心して良質な医療を提供し続ける上で、非常に重要なことなので、歯科医院で働くために知っておきたいルールを中心にお話しいただきました。
プログラム 2
「スタッフが輝きあえるチームのために必要な3つの習慣 ~院内のちょっとした習慣で、お互いに尊重しあい高めあえる関係について~」
濱田 智恵子先生(株式会社TomorrowLink代表取締役/歯科衛生士)
歯科医院スタッフ育成や院内システム構築サポートを行っていて感じるのは、チーム力を100%実力発揮するのは簡単ではないということ、またチームでプロ意識を持って仕事をするのと仲良く仕事をするのとは異なるということです。
「歯科医院」は医院ごとに理念があり、その理念に基づいてスタッフ全員で患者さんをサポートする場所ですが、スタッフ同士が「医局では仲良く元気だけど、診療室だとお互いに言いたいことが言えない…」「医局でも診療室でも会話がない…」などでチーム力を発揮できていないケースも少なくありません。
そこで今回は「チーム力を発揮し、患者さんをサポートできる歯科医院って?」を解決するヒントとして、輝きあえるチームのために必要な3つの習慣
① お互いの仕事に興味を持とう!
② 会話する時間を作ろう!
③ そして、お互いの背負っている荷物の中身を軽くしよう!
を紹介していただきました。
つまり、対患者さんだけではなくスタッフ同士においても互いに気遣い、コミュニケーションをとることが大事であるということを経験談も踏まえてご講演いただきました。
プログラム 3
「歯肉を見る・知る ~矯正歯科クリニックのドクターとスタッフのために~」
下野 正基先生(東京歯科大学名誉教授)
1. 歯肉のしくみとはたらき
2. 歯肉からみた歯周組織
1)歯肉の異常形体から何が分かるか?
2)歯周ポケットはどのように形成されるか?
3)歯周ポケット内では何が起こっているのか?
4)プロービング時の出血は何を意味するのか?
5)歯周病菌は本当に血管に入るのか?
6)長い付着上皮は短くなるのか?
7)歯周基本治療はなぜ重要なのか?
8)ルートプレーニングはどこまでやれば良いのか
3. 歯の移動と歯周組織
など、基礎的観点と矯正歯科臨床に則した内容を話していただきました。
(文責:日本臨床矯正歯科医会・大会運営委員会・広
報委員会)